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針金細工

ブログ > 職人情話短編 > 針金細工
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縁日には必ずといっていいほど露店があった職業です。針金を簡単な道具と手で玩具や飾り物を見ている前で作ってしまう。玩具はゴム動力で動くものもありました。

「源さん・・・ 源さん・・・ いるかい 」 
「私だ・・・ 中、へぃるよ」
ご隠居の徳兵衛が格子戸越に声をかける。※徳兵衛「職人長屋」の大家でもある通称「ご隠居」
「これは ご隠居 家賃の催促?」
「わたしゃ、そんな用事で来たんじゃありませんよ」
「じゃ何しに・・・」
「何しには無いだろ 最近、源さんの姿を良く見かけるのでそれが心配で・・・」
「ご隠居・・・わからねぇ?」
「大家の気遣いと言うものだ良く覚えとくことだよ。長屋に居るということは、仕事をしていないと同じことだろう。仕事をしていなければ実入り(収入)も少ないということだ。それが心配で覘きに来たんだよ」

※ 大家(家主)と店子(借家人)の関係というのは、本来は他人同士だが「縁」や「人情」というものを大事にしていた時代でもあり、大家と店子のつながりも親と子の関係のように考えて心配という「大きなお世話」をやくのも大家の生きがいのようでもありました。

「ご隠居、仕事をはしょってるわけじゃねぇんだ」※はしょってる=省く・怠ける
「じゃ、どうしたんだね」
「出し物に客の飛びつきが悪くなって売れねぇ」
「源さんの作る針金細工は職人仕事の技の逸品じゃねえか、それが何で売れなくなったんだ。高い値段でも付けたんじゃねえのか?それとも、手を抜いて作ったのか?」
「ご隠居、俺は腕一つで生きてきている根っからの職人だ。そんなこたぁ、今までにもやったこたぁ一度もねぇ。

毎年、年始から世話になっているお諏訪さまも人は多いが、売れねぇ・・・」

※ お諏訪さま=JR西日暮里駅・諏訪神社正月と八月のお祭には多くの露店が並ぶ、この時代は諏訪神社から日暮里駅まで通ずる道の両側を色々な露店が競い合うように並んでいました。本書の主な舞台ともなっている下町でもあります。今も、当時の面影を残しており縁日も以前ほどの勢いはありませんが例年開催されています。広重の名所江戸百景にも描かれた場所でもあります。

「源さん、一つ得意のものを作ってくれねぇか」
「へぇ、ご隠居に? お孫さんにでもあげるんですかぃ」
「いいから、早く」
「ちょっと、まってくだせぃ」

と、言って源さん道具と材料を揃えだした。道具といっても、大きさの違うペンチ(工具名)が4、5種類だけの身軽な道具箱をご隠居の前に置いた。実際の露店などでは組み立て式の屋台があり、台の上に毛氈をかけ商品を並べて実演販売を行うのが一般的な形式でした。

「うーん・・・?」

源さん、しばし考えてから体を小気味よく動かしながら何かを作りだした。その姿をご隠居はただ黙ったまま見とれています。両者、無言・・・。時間が経つにつれだんだんと形になってきた。一本の針金が形と共に何か息づいてきているようにも感ずる針金細工の造形品。十五分ほどの沈黙の後「三輪車」が完成した。
「ご隠居、お待たせいたしやした」

ご隠居、出来たものを手に取りしばらく眺め、無言のまま笑みを浮かべてうなずいている。

「・・・」
「ご隠居、どうしたんですか?気に入りませんか?何か言ってくだせぃ」
「源さん、これはいくらで売っているんだい」
「三輪車は百円」
「さほど高い売値ではないが・・・? いつも店を張って作るときは黙って仕事をしているのかい」
「ご隠居、職人てなぁ口が軽いようじゃいい仕事はできゃしません。気が散って物などこさえるなんて出来ませんよ」
「源さん、そこだよ。時代は変わってきている。玩具もいいものが安く売られてきている。源さんの針金細工もいい、が、所詮、材料は針金で出来ている。子供の遊び方じゃ長くは遊べないよな。だったら、作るところを見せて楽しんでもらうのも商品にしたらどうだい」

ご隠居、追い討ちをかけるように畳み込む。

「語りを入れて売ったらどうだい。三輪車ならここが難しいとか、ここをこうすると動くようになる。こうやって遊ぶとか。やってごらんよ。源さん」
「ご隠居、勘弁してくだせぃ ただ黙って作るしかとりえのねぇ俺が、人の前でしゃべるなんざ、天と地がひっくり返ったって無理なことだ」
「源さん、それしかとりえの無い一つの腕がだめになったらこれからどうするんだ。ただ黙って落ちぶれていくのか、そんなやつを長屋へ置いておくほど、わたしゃお人よしじゃないよ。言われたとおりやるのかやらないのかどちらだぃ、わたしゃ生粋の江戸っ子だ、とっとと決めないか」
「・・・」
「ご、ご隠居、すまねぇ 言われたとおりやってみるよ。とっ、言ってもどうすればいいか俺の知恵じゃ皆目見当が付かねぇ」
「源さん、この長屋を見渡してごらんよ。風船売りをしている念仏の徳蔵さん、紙芝居の善さんが居るだろう、私から話を通しておくから指南を受けるといいよ。すまないね小言になってしまって、店子が苦労しているときは親となるのが大家だ判っておくれ」

斯くして、源さん一大奮起。露店を生業としている香具師の人々は、各々の商いの地域と日程を持っていました。何月の何時は何処其処の神社、暦で四の付く日は何処などと予定をもとに商いをしていました。
但し、香具師の世界はしきたりの厳しい仲間意識の強いところです。勝手に、店を出すなど出来ません。たいがいは顔つなぎを仲立ちの世話役に頼み、地元の興行主、神社、古参の香具師との調整で出店場所の地割をしてもらい始めて営業ができるようになります。同じ長屋に住んで居るからと言っても同じところには出向かないのです。
互いの予定の隙間を使い念仏の徳蔵さん紙芝居の善さんに手ほどきを受け何とか「語り」の形も出来てきました。後は、源さんとお客との「語りの」合いの手となる即興が勝負となりますが、出たとこ勝負で勇んで出陣。

「ご隠居、三月さくらの時に弁天さんの処で語りをかけてみようと思う」
「源さん、徳蔵さん善さんから出来の具合を聞いているよ。ちょっとぎこちないが、腕があるからすぐに物になると言っていたよ」
「ご隠居、語りにあわせて新物も考えやした」
「ほー、それは楽しみだ」
「花見をかねて長屋の皆を連れて源さんの初舞台を見に行くことにしようじやないか。」

※ 当時の針金細工の価格は「かけうどん一杯が六十円」程度で食べられた時代でしたから縁日では高い方の玩具に入っていました。玩具も、セルロイド製のものからプラスチックに変わり始めて、駄菓子屋などでも当時はやった「銀玉鉄砲」という玉の飛ぶ原始的だが自動で連発して打つことが出来る玩具の鉄砲が三十円ほどで買うことが出来た、、ぜんまいとはずみ車を組み合わせた色々と動く自動車や乗り物も安く買える時代になると同時に、縁日の露店の職種も変わり始めました。


最初に姿を消し始めたのが「針金細工」でした。後、一部の細工師の方はバネに使用するような硬質な針金を使用して知恵の輪のようなものや、カラーのビニールチューブで被覆されたリング状の集合体で正式な名称は判らないのですが「造形美」を楽しむパズルのようなものの販売に転向して行ったようです。
先の「語りを入れて売る」は実際に、縁日では見物人が他の寡黙な細工師よりも人気があり笑い声と共に多くのお客さんを集めていました。当然、私もその中の一人として見物していました。商品だけでなく今も心に残してくれた「想いで」というものを沢山いただきました。
現在、全国で数名の方が縁日ではなく、技術伝承のために色々な催し物などで活躍されているようです。

※ 昭和三十年代に流行した玩具
フラフープ・ダッコちゃん・ホッピング・ローラスケート・探偵手帳セット・銀玉鉄砲・ブリキ製ぽんぽん蒸気船・透明プラスチック水鉄砲・リリアン刺繍・ベエゴマ・メンコ・ビー玉

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