カレンダー
2017年11月
« 10月    
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  
訪れたお客様
 
 
 

しんこ細工

ブログ > 職人情話短編 > しんこ細工
                                                クリック ページ印刷


しんこ餅というものをご存知でしょうか、柏餅などにも使用されている団子の食感のような餅で材料は米を粉に挽いてお湯で練り蒸してから、ついた餅でこの餅を指先とハサミで動物や縁起物の形に整え色を付けて出来上がったものを縁日や街中の路地などで販売していた。また、客の注文に応じて作るなどもしていた。

引き戸の近くに近寄ると湯気と共に香る白米の炊き上がる時のなんともいい香り、今日もなにやら忙しそうに物音が聞こえる。ここは、しんこ細工を生業にしている末吉さんの仕込み場と住まいを兼ねた棟の前、表には移動販売用の自転車もあり商いも順調のようだ。

「末吉っぁん、精が出るね」
「これはご隠居、散らかっているが、茶でも出しますから、まぁ、あがってください」

大黒さまのような笑顔の末吉さん、仕込みの手を休め訪れたご隠居を手招きで座敷のほうへ誘う。

「たいした用でもないし、忙しいようなら出直すよ」
「ご隠居、早めの仕込をしているだけだから大丈夫です。今日は又どうしたんですか?」
「末吉っぁんにお願いがあって来たのだが乗ってくれるかい」
「はぃ、ご隠居の願い命と引き換え以外なら何でも聞きます」
「で、なんですか?」
「まだ、何も言っていないのに引き受けてくれるたぁ、末吉っぁん、ありがとよ」
「実はね、孫の初節句に宴席を予定しているんだが帰りにお土産として初雛、段飾りを模した物を末吉っぁんのしんこ細工で作ってもらえねぇかと相談に来たのさ」
「ご隠居、あっしなんかでいいんですか?」
「末吉っぁんの他に誰がいるってんだ。受けてもらえるね」
「ご隠居、ありがとうございます」
「よろしくたのむよ」
「ご隠居、あっしのしんこ細工を使う訳を聴いてもいいですか?」
「末吉っぁん、時が過ぎると世の中の仕組みも変わってくるよな、でもよ、逆らうことなど出来ゃしない。菓子も西洋の物がどんどん入ってきている。昨今、ケーキとやら言う出来損ないのふにゃふにゃした菓子が入ってきたりしている。それも、祝い事にするときはその上にローソクなんか立てやがって、仏様に供えるわけじゃねんだってんだ。若い連中は、それを見て大騒ぎしながらみんなで歌ってる。どうなっているんだってしょうがない・・・。
なんだか年寄りの愚痴のようになっちまったな」

※ 昭和三十年代は、世の中大きな変貌の時代でもありました。東京オリンピック、流行(パーマ・ロカビリー)、電気製品(三種の神器と言われたテレビ・洗濯機・冷蔵庫)、食生活もインスタント食品(ラーメン・コーヒー)が販売されたり、住まいも西洋文化取り入れたデザインの団地なども建設されたり、先の話に出てくるケーキなどの洋菓子が市場に出回り始め食生活も西洋文化に浸り始めました。

「ごめんよ、的が外れて。世の中変わるのは逆らえねぇ、だから、少しでもいいものを遺せるようにと思ってよ、末吉っぁん、日本の職人の腕ってのは、こういうものも作れるんだと、皆に見せてあげてぇんだ」
「ご隠居の気持ち聢と受け取りました。末吉、一世一代のしんこ細工を作ります」
「末吉っぁん、礼はたんとはずむから、じゃたのみますよ」

何か安心したように去って行くご隠居の後姿を見送りながら、当の末吉の顔からは笑顔が消え真剣な眼差しでしばし呆然とその場に立っていた。

※ ここで、しんこ細工について少し説明させていただきますと、お餅のようなもので生菓子ですから賞味期限も一日が菓子として食べられる限度で、当時は硬くならないように添加物で調整するなどありませんでしたから、作り立てをしばし眺めて少しずつ食べていくものでした。
また、しんこ細工の職人は本編に出てくるように露店と家屋と両方で商いしていた方もおり、家屋は今で言う祝い事などの予約が主で普段は移動式(自転車)の露店で縁日、路地裏や空き地、小学校の近くなどさまざまなところで店を広げていました。
簡単なものは十円から買えました。たとえ十円の商品でも見ているその場で保温されている鍋の中からしんこ餅を、一つまみ取り上げ動物の形に整えると食紅で色を付けて小さな紙の切れ端に乗せて手渡してくれました。
味は、ほんのりと甘い味のついた餅を食べている感じです。その当時は、楽しみの一つでした。
出来立ての手に伝わる温もりと目で見て楽しめ、やわらかくもっちりとした食感は今でも頭の中に残っています。

「よし、言った以上はやるしかない」

末吉、吹っ切れたように、仕込みの途中だった作業を再開させたのでした。

「材料も見直ししねぇといけないな」
「絵図も描かないと・・・」
「食紅も色鮮やかに仕上がるのを探さないと」
「すぐに食べられるものしか作っていないから、持って帰る時間で硬くなってはだめだし、かといって柔らかくしたら形が崩れる」
「米を配合して新しい生地を作らないといけないな」
「もたもたしていられない。いまから二ヶ月」
末吉、日々の商いをしながら食材探しに西に東に奔走していました。絵図も色々な構図を書き、何とかはっきりと絵になり、主となるしんこ餅の配合も完全ではないが試行錯誤の末、何とか今までとは違うつやと適度な弾力、時間が経ってもそれほどの変化を受けない生地に仕上がりつつあるのでした。

※ しんこ餅の原材料などは製菓材料の卸問屋から米を挽いて配合されたものも手に入る時代でしたが、色々な米を自家で配合し臼で挽いた独自のものを使用していたところもありました。配合されて安く販売されているものは便利で使いやすいがそれなりの仕上がりにしかならず風味もありませんでした。特に、しんこ細工のようにハサミや指先で細やかな整形を施すには独自の配合技術も必要でした。後に和菓子(生菓子)は伝統的な技術に新しい技法なども加わりすばらしいものが多く世に送り出されています。

「ご隠居は良い試練を与えてくれた。もし、話をくれなかったら、そのままのものしかなかった。これだけ真剣に取り組んだのは何十年ぶりだろう。しんこ細工の親方に丁稚に入ったとき以来かもしれないな。」
「いいものを作る為の勉強を忘れていた自分にご隠居は気が付いていたのかもしれない。」
「このままでは生き残れないぞ・・・」
「時代はどんどん変わってきているぞ・・・」
「そんなことを、お孫さんを引き合いに出し、愚痴のように説教をしてくれた」
「時代は変わっても、人の人情というものは変わらない・・・ ご隠居、楽しみにしていてくださいね・・・」

末吉、ご隠居の人情に熱く胸打たれ、より日々の商いに精を出し、しんこ細工も際立った作品を作れるようになっていました。そして、いよいよひな祭り当日、朝早くから仕込みに追われる末吉、顔は以前の何か余裕のある大黒さまになっていました。
「末吉っぁん、今日、よろしくたのむよ」
「ご隠居、お任せくさい。お客様が見える前にひな壇の前にお客様にお土産にするものと同じものを、先にお供えさせていただきます」
「末吉っぁん、それはいい。皆、おどろくだろうな」

一度に、多く作るのもめったに無い、ましてや組み物なども初めてなのに余裕の顔つきで仕込みしている。その姿は楽しんでいるかのようにもみえる。しんこ餅もでき上がり小分けして、食紅で着色したものがどんどん出来ていく。一通り、色付けされたものが揃うと、いよいよ、絵図に描いていたものを一つ一つ作り上げていく、その出来栄えは、食べ物がまさしく美術品かと見紛う、しんこ細工であった。
末吉は、お供えのための最初の一組を、ご隠居の家に届けに行った。

「ご隠居、末吉、一世一代、最初のしんこ細工です」
「おぉ・・・末吉っぁん、すごいぞ、さすがだ」
「おーぃ、皆、こちらにきなさい」

※ しんこ細工は昭和四十年代にはほとんど見かけることは無くなってしまいました。家屋を持っていた方はそのまま和菓子屋さんに転向したり、転職してしまったりで残念ですが、これも、食文化の多様化による素朴な味の需要離れからのものではないでしょうか。

Comments are closed.