カレンダー
2017年7月
« 10月    
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  
訪れたお客様
 
 
 

口上売の風船売り

ブログ > 職人情話短編 > 口上売の風船売り
                                                クリック ページ印刷


ゴム風船を口上でこれほど価値を付けて笑いを誘い、観客を集めて売っていたのは他にはないと思います。筆者の記憶に残る、縁日のスターといっても過言ではない風船売り。念仏を真似た口上と豊かな顔の表情で真似たゴリラの仕草も技だったかもしれません。

口上の面白さで風船を売る、とにかく、一度見るとその滑稽な仕草と口上は忘れることは出来ないでしょう。
この話も、もう過去の話になってしまいますが、何とかその情景を感じ取っていただけるよう書いて見たいと思います。

売り物は「ゴム風船」です。この風船、なかなか当時としては丈夫な素材で出来ていて、その強度を独特な仕草とお経を唱えるような口上で笑いを振りまきながら、見ている人々に丈夫さを見せ付け一つ一つ足踏みのポンプで膨らませながら売っていたのでした。

「南無阿弥陀・・・おいらの風船は割れねぇぞ・・・バンバン」

顔は、ゴリラを真似た顔つきでしゃべりまくる。この頃には、人垣が出来るほどの人気で笑いが耐えない。

「ほら、こうやっても割れねぇてんだ。割れたら、金はいらねぇ、くれてやる」
「おいらの知ってる、偉い先生が発明した風船だ」
「新聞にも出てらぁ、みてみぃ」
「よぅ、そこのかあちゃん、見えるかぃじゃねえや、読めるかぃ」
「さぁ、次はだれだ」
「南無阿弥陀・・・」

人相は怖いくらい悪く体もでかいそれに、とにかく口が悪い、なのに、憎めない立て板に水のような切れのいい喋り。怒る客も誰ひとりいない不思議な雰囲気。
どんなに、注文が入っても丁寧に同じことを唱えながら風船を膨らませていく、決して手を抜かない仕事、一つ作るのに大体五分はかかる、そのたびに例のごとくお経のような口上を唱える、幾つかのパターンがあり、それにアドリブのようなものも入れての熱演だから人が絶えることがない人気者だった。
もう一つ目を引いていたのが、パリでの興行写真?なぜ、これもよく自慢していた。エッフェル塔を背景に興行している写真でした。
「香具師の俺が本当に、フランスから招待されたんだ」と言っていました。この時代、外国に行くなど一般ではまずありえない時代にゴリラ風船の興行で招待されたというのは本当にすごいことだと今も感じています。
後に、テレビにも出演したと写真が増えていたのを覚えています。いつも来るたびに掲げている屋号の書かれている看板とベニヤで出来ている掲示板のような物も商売道具で、ここに色々な写真が貼り付けてあり、ここが来るたびに増えていっていたのです。

「おい、小僧なにしてる」
「・・・」
「あとは、夕方からじゃねぇとやらねぇぞ」
「・・・」
「おめぇ、その顔に口ついてねぇのか」
「しゃべらねぇと、こんな顔にしちまうぞ」

と、言いながら百面相のようにいろいろな顔つきでにらみつける。そうこうしていると材料の入った箱から黄色地に黒縞の入った細長い風船を膨らませて子供の頭に巻いてあげたり、休憩時間に子供だけでからかいにいくと、縁石に並べて座らされ、お説教のように色々な話を聞かせてくれたりもしました。筆者もその一人、何か、失礼かもしれませんが見た感じと人柄とはぜんぜん違う、とても暖かな人の印象がいまだに残っています。
興行の人員構成は、ゴリラおじさん、奥さん、弟さんの三人でいつも同じ顔ぶれでした。呼び方も、子供たちでは「ゴリラおじさん」大人は「ゴリラの大将」と言っていました。
※ この話でご隠居との会話では「徳蔵」の名前にしています。

「徳蔵さん、いつも人気だね」
「こりゃ、ご隠居」
「さっき、見させてもらったよ。いいねぇ、下手な落語よりよっぽどうめぇや」
「ちょっと気になったんだが、徳蔵さん飲んで事(こと)してねぇか」
「いやぁ、ちょっと」
「ちょっとじゃねぇだろ。だめとはいわねぇが、量入ったら体にゃよくねぇぞ」
「へぇ、どうもはいらねぇと、なんだか調子がでねぇんで。つぃ」
「ま、小言はこれくれぇで」
「徳蔵さん、こんだぁ、テレビ出るってじゃねぇか。てぇしたもんだ」
「何だかわからねぇが、声かかったんで柄じゃねぇが引き受けたんでさぁ」
「おっと、長居はいけねぇな、徳蔵さん、がんばれよ」

※ 当時の駄菓子屋などで売っているゴム風船は、ゴムの質の問題なのかちょっと強く押したりするとすぐに割れてしまうのが当たり前でした。風船にも色々な種類がありましたが、みな、似たようなもので丈夫というものではなかった。
皆さんもご存知だと思いますが、細く長く伸びるように膨らむ風船で、ねじったり折り曲げたりしながら細工のできるものなどは、メーカにより強度もかなり違っていたように思います。
ここの店(駄菓子屋)のはだめだからあちらの店のほうが長持ちするとか、子供ながら重要な情報交換の会話でした。

そんな時代の、ある時期に現れたのが先の口上売の風船でした。
生ゴムという言葉が子供のあいだに出てきた頃だと思います。(昭和三十四、五年)
とても柔らかいゴムぐらいの知識しかありませんでしたから、たたこうが、押しつぶそうが、ひねろうが割れない縁日の風船はインパクトがありました。
口上(宣伝文句)の中での宣伝と看板の脇に新聞のでも紹介されたことの記事を板に貼り付けて、生ゴムが混ざっていて特許をとったような話をしいていました。

それに、子供の頭の四倍位の大きさまで膨らませて、大きなヨーヨーのようにゴムひもを付けて遊ぶことが出来たのも初めての体験ですから、もう、興奮したものです。
売り方も独特、念仏のように何か(何を言っているか判らない?)うなっている。商品の説明も何かとても詳しく説明していた。ここで、強調されていたのが「生ゴム」の話だったが、判らないなりにも何か納得できたように思えた縁日の思い出の露店でもありました。

Comments are closed.