カレンダー
2014年8月
« 10月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
訪れたお客様
 
 
 

鋳掛屋(いかけや)

                                                クリック ページ印刷


生活に欠かせない鍋やヤカン等の台所で使用する道具、今はほとんどが家庭用に作られた物は使い捨て。確かに価格も安く手に入ることもあり「修理」など考えも及ばないと思いますが、昔は違っていました。 ほとんどの道具は修理をして使用していましたし、修理が可能なような材質で作られていて「鋳掛屋」と言う修理屋さんが「いかけぇー」と自転車で歩いていました。

いま、物を消費する時代からリサイクルと言う言葉と共に再利用しようとする時代に変貌しつつある。とてもいいことだとは思うのですが、物にもよりますが、個人的にはもっと長く使えるものを作るか補修を前提に代々使用できるなども必要ではと考えます。この長く使えるいいものを作っていたのが、今はどんどん減っている専業の職人でした。

だが、そんなことをしたら産業構造自体に歪が生じもっと不景気になるなんて言われそうで理想論になってしまうのかもしれませんが。話がややこしくなるのでこのくらいにして、昔なべや釜が生活の必需品でいた時代に台所用品や風呂場で使用する用具や風呂釜(銅製の釜)の修理屋さんがいました。

「鋳掛屋」さんと言う商売で、穴のあいてしまった鍋などを器用に銅などの板でつぎはぎをして直してしまう。見ていると手早く色々な道具でたたいたり、削ったりしながら鉛のようなものをバーナーで溶かし銅の板をあてがい修理すると「修理代」 を頂戴し、掛け声「いかけー・・・」の声と共に次のお客さんを探していくのです。

自転車の荷台に道具の箱を積んでハンドルやら自身の肩に色々な材料を担ぎなら来る人と、リヤカーを自転車を牽引してくる大掛かりないでたちで訪れ大物もこなすなど、また金物専門の人と木桶や風呂桶(昔は木の桶)なども一緒に修理する両方の職人さんがいた。後者の方が融通がきき注文も多かった。

筆者の町内には利用客も多かったのか定期的に修理に来ていたのを思い出す。 又、サービスで包丁なども研いでくれることもあり便利な存在でもあった。不思議な現象で修理したところが再度壊れることはなく鍋などは、完全に底が抜けて修理不可能になり交換となるくらいにしっかりとした修理技術を持っていた。

お櫃(おひつ)、炊いたご飯を保管しておく桧の入れ物なども、部分的に木を取り替えることも行ってくれた。だめになったところの部分を取り外し、新たにその部分と同じものの桧の材料を削りだしてあてがうのである。そして最後に銅の箍(たが)も締めなおしてくれて修理完了となる。 変わった修理では傘も修理してくれた。一部、傘専門の修理屋さんもいたのですが滅多にこないので、鋳掛屋さんに皆、頼んでいた。

傘も、修理してとことんまで使う。今のように壊れてもすぐには絶対に捨てない。壊れたものを保管しておき、鋳掛屋さんが来るとまとめて修理に出すのである。今ほど車の往来も無い時代だから道端で作業をしていても大丈夫、何ともおおらかな生活が出来た時代でしょうか。この職業も、消費することに美徳を感じる時代に入りだした頃、無くなってしまった職人の技術でもある

Comments are closed.