あめ細工

 

現在でも少数ですが香具師ではなく「職業人」として「店舗」での営業をに切り替わった形態や、イベント行事で「職業人」として依頼に応じて出向くスタイルで引き継がれています。現業でご商売にされている「あめ細工」の職人さんとお話しする機会がありました。その中で、印象に残ったのはどこの世界でも聞かれる「後継者不足」の問題でした。

 

前置きはとにかく昔、昭和30年代の「あめ細工」のお話にしましょう。当時、2系統の営業スタイルがあったようです。完全に香具師として寺社仏閣の「祭事」に関わる「縁日」を営業の場として生計を立てている「香具師」の人と自身の住まいを中心に移動し営業する人のスタイルがあったようです。

 

この情報は大人になって世田谷の縁日で毎年、商売の扱い物は違って「綿菓子」で営業している「香具師」の人から毎年のお祭りで数年の付き合いで、その香具師の昔の先輩香具師たちの話として聞かせてもらったことです。付き合いと言っても私が管理していた店舗の前に「6尺※180センチ」の露店を毎年出していて顔なじみになり、私が「香具師」の世界を調べていることからがきっかけでした。(この綿菓子の香具師にも弟子が出来たのですが1年で辞めてしまいました。)

 

話を戻して「あめ細工」の元ネタの「水飴」ですが昔は「麦芽糖」と呼ばれる「自然食品」を使っていました。今は「高級品」になっていますね。自転車で営業しているタイプは、ずべてコンパクトにまとまった設え(しつらえ)で露店で出ているスタイルは「6尺」です。自転車と露店との違いになっていたのは「風船」と呼ばれる商品があるかないかの違いです。
「風船?」とは、ストロー(昔は麦ストロー)の先に「水飴※温かい」を付けてもらい、ストローから自分で息を吹き込み破裂させないように風船を膨らませるように膨らませる。

 

破裂したらそこでお終い、しかし規定のサイズ(ラグビーのゴール)のようなゲージに引っかかるまで大きくすると「ご褒美」として綺麗に造形、着色された袋に入っている「飴細工」がもらえる楽しみがあるのです。言葉は悪いですが子供ながらに完成すれば少額で高額な商品をもらえる。失敗すれば、普通のサイズよりも少ない「水飴」でがまんするかの「勝負?」です。
ちなみに、よく棒に付いた「水飴」をくるくるをこね回して白くする食べ方がありますが、「風船」として膨らましてしまうとパリパリの「飴」として食べるしかありません。こんなリスクを子供ながらに感じながら下町の子供たちは育ってきたのです。