ストロー寒天※ガラス管

 

昭和30年代の駄菓子屋で販売されていた駄菓子の「個包装」の部材は「紙」が主流で、一部、ビニールに入ってきた物もありましたが、「ガラス」を入れ物に使っていた今では考えられない当時のお話です。しかし、直接口にあてがおうが子供も大人も何も気にせず普通に感じていましたから不思議な時代でもありました。

 

今でも打っているストローに入っている「ストロー寒天」ですが、当時は「ガラス管」が合成樹脂のストローの代わりで切り口もそのままのガラス管の中に入って販売されていました。
保管も真夏でも常温で駄菓子屋のガラスケースの中に横たわっていて、4色位の色合い違いの寒天がそのままに置かれていました。

 

ガラス管の切り口には何の処理もされていません。たまに寒天をガラス管の所に当てて吸い込み寒天を口の中に入れて食べるのですが、たまに舌に異物を感じるときがあり取り出すとガラスのかけらが入っている事もありました。しかし、誰一人苦情をいうでもなく普通に取り除き残りの寒天を食べていました。

 

こういった物を日常、当時の子供たちは普通に食べていましたが私の身の回り誰一人お腹を壊したとか、病気になったとかはいませんでした。変な解釈かも知れませんが自然と体の中に「耐性」が出来ていたのかもです。年齢を重ね、食品に付いての知識も身につけていた時に過去のこのような思い出の中、どうしてあの時代は駄菓子とはいえアイス以外は何でも普通に季節関係なく「常温」に置かれていた生菓子類の不思議を、若い頃12年間、洋食の調理人を行っていことからさらに深く考えるのでした。