チッキ

荷物は駅留め、チッキ

 

子供ながらに覚えていた言葉「駅留め」、「チッキ」、ネットで見たらなんと正式な呼び名として存在していました。今では荷物は自宅に普通に届く時代です。しかし時代をさかのぼるとなんとものんびりした「運送」だったのでしょう。田舎から「荷物」を送ったと郵便が届き、何日頃に付くからどこそこの駅に行くように書いてあった。そして引換券(チッキと呼んでた)みたいな物を持って行く。しかし、届いていない。

 

当たり前です。今のように時間は正確ではない時代、だからと言って「到着しました」なんて連絡などは絶対にあり得ない。故に、母親と何でも駅に行くことになる。引換券みたいな物を差し出す。まだ届いていない。この繰り返しが2、3日繰り返されやっと目当ての荷物を引き受けることが出来る。当然、いまのよう生ものなど当然送ることは出来ない。しかし、唯一送られてきても大丈夫だったのが「リンゴ」でした。

 

私の家に住み込んでいた「青森の職人さん」の田舎から送られてくる木箱に入ったリンゴは子供ながら楽しみの一つだったです。たまに起きる事故? 私の住まいは日暮里駅と田端駅のちょうど中間、何故か「駅留め」の「駅」が隣の駅に運ばれてしまい待てども待てども届かずで探しようもなく、個人的な判断でまさかの隣駅に行ってみたら「ビンゴ!!」でもらい受けるなどいった事もありました。

 

この駅留めで今も不思議というか「生ものは駄目」で当たり前なですが、「生もの=生き物」が、生きたままで病気もせず秋田から「秋田犬」お子供が我が家に届いた事がありました。
私の家は、生き物を絶やさず、何らかの「動物」が家族の一員としておりました。その中で「愛犬」が事故に遭い、手当のしようが無いと言うことで「安楽死」を選択しました。その愛犬の存在は大きく、すっぽりと穴があいている感じで人づてに「秋田犬」を購入することになり今で言うところの「ブリーダー」です。

 

秋田から「秋田犬」の子供を送ってもらったのでした。本当に生きて届くのか受け取るまでは心配で心配でどうしようもありません。受け取りには私、一番上の兄で到着予定日の朝から何度も何度も時間を見計らい受け取りに駅まで向かいました。そして、ご対面の瞬間が訪れたのでした。今考えるとどのように貨物に乗せられ色々な管理をどのようにしてくれていたのか不思議でしようがありません。

 

そんな「駅留め」、「チッキ」の思い出でした。