呼び出し

呼び出し電話

 

「伝える」の方法で今でも進化し続ける「電話」です。当時は、貴重で高価な「道具」としての存在を後に理解した私ですが、実家が終戦後「洗濯屋」の商売をしていたため電話は絶対に「必要不可欠」な道具のようでした。

 

町内でも電話の入っている所は数えるほどで「呼び出し」、「貸し出し?」は近所の方々へは当たり前の事でした。電話は家の中心に鎮座しカバーが掛けられ「置物」のような存在感がありました。しかし、子供ながらに覚えているのは、頻繁には掛かってくることもなく何か不思議な道具でした。(子供は使う事が許されなかったのと、使う用途がない!!)

 

そんな電話が昼間は仕事関係の所から掛かってくる以外で、夜の8時過ぎに掛かってくる電話は、「取り次ぎ」で「呼び出し」の電話がほとんどで、その呼び出しの家に伝えに行くのが私の役目でした。何故、夜に長電話が多く掛かってくるか? 私の家が商売をしているのと市外通話の「夜間割引?」の時代があったためです。

 

市外へ掛ける場合、当時はまだ「料金」の「通知業務※料金を教えてくれる」があり人による「交換局」があり電話番号を伝えるとつないでくれ、通話が終了すると「通話料金」を知らせてくれるのです。この方法も電話を借りて通話し終わり、一度、受話器を置いて切る。すると、すぐに「交換局」から電話が掛かってくで「料金」を教えてくれ、近所の人で掛けた方から「料金」をもらい精算するのです。

 

たまに、電話を借りに来る人が重なる時あります。すると、座敷に呼び込み「お茶」を入れて世間話しながら、親たちが話相手をしながら先に話している人が通話の終わるのを待っている。今では考えられない、下町のなんとものんびりした時代だったでしょう。
(※昭和40年頃までは公衆電話は都内なら10円で時間制なしの時代もありました。)

 

余談ですが、電話はとてつもない進化で手動による「モジュラー式※通話先へジャックを差し込む」の交換方式から「自動交換機」として普及した「ステップ バイ ステップ※リレー交換」電話機のダイヤルを回して機械的な「信号※パルス」をカウントする方式から「クロスバー交換」、そして今の「携帯電話」の原型となる「電子交換※デジタル交換」と言っても、まだ「アナログ」を残した「周波数帯※プッシュフォン」を利用した「フィルター方式」の「交換機」の誕生で大きく変化しました。