納豆

朝の声

 

長屋に入る前のよりあい話でもお読みいただいて少し昔の想い出を紐解いてい ただきましょうと、落語の枕のごとく少しひとり言を語ろう、えー、これもひ とり言です。 毎日、朝は早くから起きているのですが、ちかごろふっと想うのです。朝の声ってあったなーと、「あさりーー、しじみーー」の貝売り「なっとーな っとーはいらんかえーー」の納豆売り「とっぷーとっぷーーと聞こえるラッパ の音」の豆腐売り、毎日聞こえていた声、朝の音。窓から声をかけ、必要なだけ買い物をする。物を買い置きしない生活、毎日新鮮なものを届けてくれる行商人(職人)。なにか、忘れてはいけない社会経済があったような?

朝の音

 

もう聞こえない「朝の音」続き、牛乳屋さんが牛乳を配達してくれるときの牛乳瓶がケースの中ぶつかり合うなんとも軽妙な音、これも目覚ましのような毎日の音だった。今のように自動車ではなくすべて自転車(貨物専用の頑丈な自 転車)で届けてくれた。もうひとつ聞かなくなったのが新聞配達する人が新聞をちょっと折って指で はさみ、こすると出る音も朝の音だった。

 

これは、常に音を立てるのではなく気が向いたときや他紙の配達の人に対して気を引かせるためにも行っていたよ うな?ところが、実際にまねてみても「音」はでない。後でわかったのだが新 聞社から届いたばかりの新聞でないと綺麗な音は出ないようだ。先の牛乳屋さん、今は牛乳だけでは無く色々な商品(副業?)を届けてくれる。それも早朝だけではなく10時ころにも配達している。聞くところによると、朝、早いと近所に迷惑がかかるからと言われやむなくお客様の要望に合わせているそうだ。朝の音も時代が変わると「騒音」になるのだろうか?