富山の薬売り

 

今の時代「薬屋さん」と言えば「ドラックストア」となり、むしろ「スーパーマーケット」の違いも分からないくらいの大型の店舗になっています。そして本題の「富山の薬売り」が名称こそ違いますが「富山の置き薬」として、営業形態に昔の名残を残しながら存在していることに驚きました。私の所でも平成の時代ですが一時期、家に置いたことがあったですがあまり使うこともなくなったので「富山の置き薬」は無くなりました。

 

「富山の薬売り」の販売方法は歴史も古く、本当に面白い形態の商売を考えた物だと感心します。昭和30年代の下町でも近所に薬屋さんはありましたが、私の暮らしていた町内でも相当の数で置いていたと記憶しています。それは何故か、子供の心を匠につかみ取る営業戦略ですね。定期か不定期かは判らないのですが、子供ながらに「薬屋さん」が来るのを楽しみにしていたのです。理由は単純「景品の玩具」をもらえるからなのでした。

 

この「景品の玩具」をもらえるようにするためには「薬」を買わないともらえない? ここで「富山の薬」の販売方法を説明します。まず無料で「薬箱」に色々な「薬」が入った状態で家に置いてもらう。そして1ヶ月前後で立ち寄り「在庫」を確認し「開封」している物だけ「代金」を支払う。そして、今度新しい「薬」が出来たので追加で置かせてもらう。しかし、ここに子供を巻き込んだ営業があるのです。

 

「この商品は、今だけ買ってもらえれば割引します」の声と子供向けに用意されている「景品の玩具」を見せるのです。当然子供はほしがる。ゆえに親は購入する。子供は大喜びで、それを持って表に出て友達に見せびらかす。子供ながらの伝達が始まる、薬屋さんも次に行くところでさらに営業がしやすくなる。考えれば「景品の玩具」なのですぐに壊れるし、本当に一時の楽しみなですが訪れるたびに違う物を持ってくるので、子供なりに注意が必要な存在でもありました。

 

ちなみに「景品の玩具」の例としてあげると「紙風船」、「紙相撲」、「音の出る羽の付いた風船」、「ブリキの笛」等々、駄菓子屋さんでも手に入るような物でしたが、色使いや形が違うため子供ながらに魅力的な「玩具」でした。

定斎屋(じょさいや)※薬売り

 

定斎屋この名前からは何の商売かは連想できない名称、薬屋、それも夏場だけの薬売りです。昭和30年初頭には消えてしまった懐かしの職人(薬屋) 音で何屋が来たかわかる時代、独特の音がありました。 いでたちは、半纏と黒のパッチ(肌にぴたっと合った股引のようなもの)を身 に付け、地下足袋で天秤棒の両端に小ぶりの箪笥(タンス)のような引き出し が沢山付いたものを取り付け、肩で担いでリズムを取りながら歩いてきました。

 

このときに、引出しの取っ手(鐶⇒カン)のところが揺れて鈍い「ダン・ダン」 と歩いてくるリズムに合わせて音が出ていますのですぐにそれと判るわけです。 薬屋と言っても、漢方薬のようなもので食あたりや食欲増進に効く薬を専門に 販売していたようです。 この時期には皆さんご存知の「富山の薬売り」が出てきましたので私の住んで いた下町にもある時期から来なくなってしまいました。

 

参考資料でも確認したのですが「夏」だけの販売しかしないようで、他の時期 には確かに見たことが無かったように思えます。富山の薬売りが出ましたので追加情報、定斎屋は夏しか来ないけど富山の薬売 りは毎月御用聞きに来る、そこで、商売のうまさが「子供のおまけ」今で言う ところのプレミアムグッズ?と、言っても「製薬会社の名前の入った紙風船」 それも丸ではなくサイコロのような四角形の紙風船、買った額に応じて数が増 える、これが欲しくて必要のない物まで親に買わせた想い出がある。先の定斎屋、子供の心をつかみそこね富山の薬売りに商いの方法で負けたの かもしれません。別の機会に「富山の薬売り商法」を紹介したいと思います。