昭和41年 アルバイト事情 「単純作業 時給80円」 「製本会社 軽作業 時給100円」

 昭和41年、私が高校生になり社会へ第一歩を踏み出すときでもありました。とにかく勉強嫌いで、高校へも行きたくなかった少しひねくれた少年でした。こんな私でしたが取り柄はあるもので唯一の特技である電子技術工作は、当時自分の周りにはいなかった技術を持っていました。

 この少しの技術が、中学校の先生の勧めと、父親が勧めた「船乗り」になることの将来への希望もあり工業高校に行くことになりました。ここに出た男浪漫の「船乗り」とは、別の話「終戦記念日、進駐軍と父の思い出」に書いていますが、私の父親は若い頃外国航路の機関員をしておりました。この影響もあり五人兄弟の一番下の私に夢を託したかったのでした。

アルバイト面接 私自身、先に書いたとおり勉強嫌いでしたが幼い頃から技術工作が好きで、勉強の入り口が違うが専門の知識等は実践により理論が伴う知識は後付けで身につけてきていました。こんなこともあり目的こそ違うのですが高校へ進学し船乗りになるため最低限の勉強と更なる技術習得のために、自分でアルバイトしながらお金を稼ぐことの始まりになるのです。

 入学するとすぐにアルバイトを探す何とも本末転倒の少年でした。当時、今のようにアルバイト情報誌などなく情報源は自分で歩いて探すか、人づての情報で探すしかありませんでしたから大変です。そして時間が経過し夏休みに入る頃、同級生の母親が働いている工場でアルバイトが出来ると誘われすぐに行くことになりました。

 とりあえず「アルバイト」ができることで舞い上がっていて、仕事の内容や時給の低さなどは全く考えていませんでした。頭の中はアルバとが出来ることのうれしさだけです。自分で働くことがお金になる何とも不謹慎で浅ましい考えであることか? 振り返れば生意気ですが、まだ純真な少年だったことを思い出します。

 初仕事当日、決められたじ時間に友達と出向き工場で働いている人たちに挨拶し簡単な作業の説明を受けて指定のポジションに着きワクワクしながら作業の開始を待ちました。しばらくすると始業のベルが鳴ります。目の前にあるのはベルトコンベアーです。そうです。映画のシーンに出てくるようなベルトコンベアーによる流れ作業の仕事です。

 その仕事の内容はと言うと学習機材で使われる「鉱石見本」の模型を宇来ることが仕事の内容なのです。後で判った事ですが、色々と作業内容は変わる事を後で聞かされました。ここで過去形になることは、三日坊主ならぬ本当に3日でリタイアしてしまいました。

 不謹慎でしたが耐えられませんでした。5マス×4マスで区分けされ、綿が入った見本箱の各区画に指定された「鉱石」の見本を入れる事が仕事です。初日は、物珍しさと仕事が出来る喜びで必死に朝から頑張りました。体は椅子に座ったまま、動かすのはロボットのように「腕」と「手先」だけです。あえて言えば「口」。これは働いている人たちの「おしゃべり」です。単純作業故におしゃべりがものすごかった。

 始業9時から昼休憩を挟み終業の夕方5時迄の繰り返しです。2日目は慣れもありなんとか最後まで勤めました。3日目、もう限界の言葉が頭をかすめ「1時間80円」を得るための労力と精神力がこれほど大変なのか、これは本当に見合っているのか等々、頭によぎり始めたらどうにも耐えられず、一緒に働いていた同級生と紹介してくれたその同級生の母親にお詫びをして辞めさせていただきました。

※参考 統計局:立ち食いそば 40円・コロッケ 10円・ラーメン 60円・理髪店 380円・白黒テレビ 50,000円

 何とも苦い経験の「初アルバイト」の思い出です。友達も私が辞めてから同様にすぐに辞めてしまいました。さて、辞めたはいいが夢描いていた目的もこれでは達成できない。さて困った物だと夏休み家でゴロゴロしていたら、叔父さんが今度は知っている「製本会社」があるから聞いてあげると声を掛けてくれました。

 話はすぐに決まり飯田橋駅の近くにある会社へ向かうこととなりました。交通費も出してくれ夏休みの間だけだが時給100円で先の同級生共々2人を雇ってくれることになりました。時間は少し短く、朝9時から午後4時迄のお昼休憩を除いた実働6時間です。

 さて肝心の仕事内容はと言いますと「返本※売れ残り返却」された本の表紙を剥がし、分類する仕事です。単純と言えばそのままに、本を開きの表裏の表紙を逆開きにして表紙だけを剥がす単純な仕事です。驚きなのはその量の多さです。それと表紙を剥がした、この本はどうなるのかの素朴な疑問でした。

※現在は出版物の流通もこの当時とは全く変わっていますので対象にはなりませんが、当時はこの仕事の内容を後で知っ
 たことで全部ではないようですが、返本され表紙を剥がした本は綺麗に表紙を付け替え綺麗にして再製本され本屋さんに再販されていたようです。

 一時的なアルバイトでしたが、表紙を剥がす作業が一時的に切れると色々な雑務を仰せつかり会社の中で小間使いのような小僧は結構重宝がられ、別の仕事を色々とこなすこと出来て結構楽しかった思い出となりました。その中でも、この会社が別の事業でレストランを開店することになり、開店のチラシを配る仕事が回ってきました。

 飯田橋駅の前で朝からビラを手渡ししたり、今で言う「ポスティング」で後楽園駅の方まで出向いたりで結構自由に表を満喫できた楽しいアルバイトでした。アルバイト最終日に初めて頂いた給金、自分の中では大きな金額でもありました。しかし、貯めることは出来ず何かあっという間に散在してしまった記憶だけがあります。

 当初の目的は何処へやら・・・、そして考えるのでした。使えば消えてなくなる「お金」、今度は何か残る物にしようと・・・、そしてすぐには買えない金額の物をかってみようと!?

次回予定、サインで物が買える「クレジットカード」への憧れと挑戦!! 加入の審査がすごかった!?

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