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「夏は小学校の校庭で映画上映」された古き時代、夏の思い出

 

今や、いつでも、何処でも、形を問わず「映画」を見ることが出来る、何の不思議もなく当たり前の時代です。この話は、多分「???」がいっぱいになるかも知れません。後で判ったことで「地域」の違いで相当の差があるようです。確立的な「知らない」と答える人が相当多いと思います。そんな昭和30年代の夏の夜の「映画」の取り上げた娯楽の話になります。

 

下町にも小さな「映画館」が娯楽の施設として「洋画」、「邦画」と分かれて結構ありました。邦画で確か「子供40円」、洋画で「子供50円」位で見ることの出来た時代の話で何の役にも立たない懐古な情景の思い出話です。

 

夏休みに入ると気になる「町内の掲示板」、子供が見るのは「夏」だけです。この掲示板に張り出される「映画上映」の案内が楽しみの一つになっていました。夏の夜、学校で映画が上映されるのです。それも「名画」です。今では絶対にあり得ない子供も大人も対象になる「名画」が学校の校舎に大きなスクリーンを設置し、朝礼で使うあの大きな台の上に大型の映写機を設置し、時間になると大きな音量と大きな画面に映し出される本当の映画に、子供も大人も真剣い皆見入るのです。

 

音は相当でかい音量で、よく、近くの家からクレームが出なかったのか不思議です。入場料もなく全て「無料」で誰でも制限なく見ることの出来る映画です。子供ながらに覚えているのが「美空ひばり」が出ていた「狸御殿」や「ビルマの竪琴」、「のんちゃん雲に乗る」、「清水次郎長」等々、洋画はなく全て「邦画」でした。そして学校により上映される映画も違うことがあるので、少し遠征しても見に行きました。

 

上映される場所(学校)により「屋台」が出ていることもあり、何かを食べながらゴザを引いて寝そべって見るのも自由、椅子を持ち込んで邪魔ならないところで見るのも自由、別に、ルールが書かれてていて制限があるようなこともなく、自然と互いが注意し他人に迷惑を掛けないようになっていました。当然、子供も多いのですが「騒ぐ」ことはほぼ無く映画の世界にに引き込まれるように見入っていたのを覚えています。

 

今の時代ではあり得ない古き良き時代、下町の夏のひととき大きな娯楽の思い出でした。

広告ビラが空から?(チラシ広告)

 

「ビラ?」って何と思われるかもしれませんので「チラシ」の言葉もプラスします。内容は、ほぼ同じです。業界では分けられいるようですが、紙を使った「広告」の意味は同じですのでここでは「ビラ」として表現します。さてこのタイトル「広告ビラが空から?」を見たら「何?」と思われることでしょう。

 

内容はそのままに、今のように「ポスティング」等ではありません。当時の飛行機の方は判りませんが、小型の飛行機、或いはヘリコプターを使い空から「てまき」するのです。それも、何の前触れもなく、それはやってくるのです。今考えたら、あり得ないことが出来た時代だったのです。子供からすると、飛行機の爆音がすると習性で空を見上げる。

 

子供なりに「通過するか」、「ビラまきか」のどちらかを判断し皆一斉に目で追うのです。ビラがまかれたら、一斉にそのビラがどの辺に落ちてくるのか見極めて我先にと、路地を走って追いかけて行くのが楽しみでした。よく、事故もなく行っていたのものだと多少理解が出来る年齢になったころには無くなっていました。

 

そんな「ビラ」拾いで、子供の中で一つの自慢出来る「戦果」が「ビラの束」を拾うことです。危険の何物でも無い「ビラの束」の落下物、上空からの重量と加速度を考えたら、屋根は穴が開くし、人に当たったら怪我では済まないでしょう。そんな事が普通に起きていた。私も、いくつか拾った事がありますが、何を目安に「ビラ」の配布を行っていたのか不思議ですね。

 

しかし、いつの間にかこの方法はなくなりました。当たり前ですね。子供ながらの記憶ですが代わりに増えたのが「アドバルーン」でした。何せ、平屋の方が多い下町です。少し高い所に登れば遠くまで見渡すことができる街並みです。この環境も子供にすると「遊び」の対象となり、「屋根」を伝って何処まで行けるかも「遊び」の一つになっていたのです。

 

しかし、後に問題となり参加していた子供全員が大目玉を食らったのは当たり前でしたね。